2012年5月 5日 16:49 [04 私生活]
GoldenWeek
天気予報がイマイチ当たらないゴールデンウイークは実家でのんびり、子供の宿題に付き合いながら過ごしてますがこんな本を読み終わる予定。
あまり深く考えた人は少ないと思うから、こういう長い休みにゆっくりと深く考えて見るのも良いと思いました。 いまニュースで話題になっている「若者の就職先定着率向上」に頭を悩ませている関係者の方々には参考になりそうな本です。
2012年5月 5日 16:49 [04 私生活]
天気予報がイマイチ当たらないゴールデンウイークは実家でのんびり、子供の宿題に付き合いながら過ごしてますがこんな本を読み終わる予定。
あまり深く考えた人は少ないと思うから、こういう長い休みにゆっくりと深く考えて見るのも良いと思いました。 いまニュースで話題になっている「若者の就職先定着率向上」に頭を悩ませている関係者の方々には参考になりそうな本です。
今日9月11日はテレビで特番が組まれていたのでそれを見たり、あえてYoutubeの津波映像を沢山見ました。
お昼には日本橋高島屋に家族で行ったのですが、娘と先月がれきの学校で石巻市を訪れた際に,、案内をしてくれたカメラ店の佐藤さんの写真展が開催されていたので見に行きました。
東北で大変な被害になって必死に復興しようとしている方々は自分たちが出来ることで、全国の人達からの支援に恩返しもしようと考えていひと達がいます。 そういうことを知ると、ますます都会に住んで何不自由なく生きている自分たちは決してこの地震の事を忘れないようにすることがまずは大切なんだ、と今日改めて思ったわけです。
そして親の立場から言えば、子供達にもよく考えさせることも大切ですね。
2011年8月23日 23:35 [04 私生活]
8月19日の深夜バスで4年生の娘と南三陸町に向かいました。大型バス2台、63人のツアーで主催はNPO法人地球元気村。「がれきの学校」というタイトルで親子参加可能(子供は小学生以上)だったので、”待ってました!”と7月に申し込みをしました。新宿から片道8時間なので体力的には疲れはしましたが、TVで見ているだけでなく、目の前に広がる現実を自分たちの眼で見て、生き残った方々のお話を直接聞いて、1人1人が考える。そういうことが体験できたことは大人にとっても子供にとっても一生忘れることのない体験でした。
宿泊したホテル観洋は1500人くらいが泊まれる大型ホテルで、この地域では唯一ここしか宿泊ができません。そしてまだ家を流されてしまった500人位の方々がここで寝泊まりしています。地震から早5ヶ月が経つけれどまだ仮住宅の見通しも立たない人がたくさんいるんだという現実を眼の辺りにしました。みなさん左胸には部屋番号と名前が書かれたバッジを付けていました。


土曜日の朝ホテルに到着して朝食後にまず向かったところは、小学校。2億円かけて完成、竣工式をした10日後に、一瞬で津波で破壊されてしまった体育館も目の前にありました。この小学校は卒業式の練習中に津波がやってきたそうです。荒れ果てた小学校をみて子供達はどう感じたでしょうか。避難が遅れた理由として、海と小学校の間にたくさん家が建っていたため、波が見えなかったそうです。


次に向かった先は市内でした。そこには全国放送で何度もテレビに映って有名になったH鋼しか残っていない防災対策庁舎や、多くの患者さんが亡くなった志津川病院がありました。防災対策庁舎2Fで最後まで震える声で避難を呼びかけて無くなった遠藤未希さんのお話などを、ご自身も被災した佐藤さんお聞きしました。佐藤さんは写真館を経営されていたので子供達の避難先になった高台の小学校屋上から、海になった街を写真に収めていたそうです。この辺りの地面はわずか5分で海底15メートルになってしまったとのこと。津波のすごさを目の前の景色と合わせて聞くことで本当にその恐ろしさが理解できました。


ランチの後は長塩谷地区に移動して、地区の方々の避難の手助けをした佐々木さんからどのように避難して、避難後どのように生活していたか?をお聞きしました。海の方をみると当初河だったところは完全に海に変わってしまい、かすかに陸のようなものが見え隠れしている状態で、津波前の景色を想像することは不可能でした。かろうじて使えた1本のホースからの水道水で、約100人が食器を洗い洗濯をしたそうです。生活飲用水を沢山積んだ市の車が来たのはなんと6月になってから。3-5月の3ヶ月間は近所の旅館に備蓄してあった水しかなかったそうで、水の次に困ったのが乳児用のほ乳瓶がないこと、だったそうです。
ここで子供達は花の種を植え、大人達はがれきの撤去をしました。 土のなかから大きなTV、電線、ガラス、陶器、洋服、紙類などいろいろなものが出てきました。問題なのはこれらがれきを捨てる場所がなく、どうすればよいのかわからない、という事です。路を挟んだ反対側にはこの辺り一帯でまとめられた車のスクラップが積み重なっており、どうやって処理していくのか?は本当に大きな問題です。
ホテルに戻りお風呂に入り夕食後には全員でゲストを交えてミーティングでした。地震直後から取材を続け、今はホテル観洋に泊まりながら取材を続ける新聞記者の三浦さんからのお話は、子供達にとってかなりインパクトのあるショッキングな話だったようです。普通の学校には様々な理由で行くことができなかったフリースクールに通う3名の子供も壇上で3/11日に起こったことを話してくれました。彼らは普段から海に潜り、魚を釣り、という自然学習の中で育ってきていたので、潮が引いた瞬間にすぐに津波が来ると判断し、お米や水を2階にあげるなどの機転を利かせたそうです。そして流されながら助けを求める重傷女性を助け、5日間子供達だけで生き延びたそうです。雪が降り寒かったのでガソリンは近くで転覆している船から、食料は海から。この「たくましい生きる力」の実体験を聞いてきっと東京から参加した多くの子供は何かを思ったに違いないでしょう。
日曜日には午前中ホテル内で学習している地元の子供達とゲームをして交流会でした。地元の子供達は都会から来た子供達ともっともっと遊びたかったそうです。
バスに乗る前、参加者全員が前に出て一言ずつ参加した感想や御礼を述べました。1人で参加した偉い高校生、子供が大きすぎて孫もまだ小さいのでと1人で参加したお父さん、沖縄からきた親子、普段お父さんがシンガポールに単身赴任しているけれど今回家族全員で参加できたというご家族など、参加趣旨もいろいろでした。

NPO法人地球元気村の村長さんは風間深志さんという方で、3つの世界レコードを持つバイクで旅する冒険家です。風間村長は食事の時にいつも近くに座ってくれましたのでいろいろなお話を聞くことができました。N.Yに20年も住んでいた破天荒な、日焼けしたかっこいいお坊さん=アントニオさんにも沢山の事を教えて頂きました。(アントニオさんは市内を訪問した折りに防災対策庁舎前でお線香を全員であげる際お経を読んで頂きました)
被災地の方にとってうれしい事は「また来ます!」という言葉だそうです。

なので、また来ようと誓いました。
少しまじめな日本のエネルギー問題のお話。
4月から電気料金の請求書に「太陽光促進付加金」という項目が追加されているみたいで、これは太陽光パネル、発電を普及させるためのお金。つまり電力会社に一度払うけど、国民が負担をしていく、というものです。
PANSでも昨年から一生懸命ソーラーパネル付きの充電器を販売してきましたが、確かに小さなソーラーパネルじゃなかなか発電まではできない。でも家の上の大きなソーラーパネルなら自分の家の電力くらいはまかなえますね。
原発を今止めたら経済が止まっちゃうとか何兆円損失だとか、いろんな情報が新聞にでてますが、結局のところソレに投資するかどうか、するだけの価値があるかどうか、という処だと考えます。
たぶんその価値は十分にあるでしょう。
化石燃料と違い、ほぼ無尽蔵に太陽光は無料で降り注いでくれるし、輸入コストもかからない。 二酸化炭素も出ません。
輸入コストと言えば、いま日本の食品自給率は40%でたくさんの食料品を輸入に頼っているだけですが、エネルギー自給率はたったの4%だそうで、96%を23兆円くらいかけて輸入しているそうです。
この金額を減らしていけるというのはとてもじいさん、ばあさんが増えてきている日本にとっては大きいことです。
国土が狭くて資源がない日本には太陽光パネルと発電はかなり有効だと思えます。
やはり今 ”昔に学ぶ” ということが必要な時期になっているんだと感じました。
昔と言っても戦後の昭和やバブルの事ではなくて、もうちょっと前の日本の事。
エネルギーをそんなに必要としない生活で、物資も少なかったけれど、きちんとモノをリサイクルさせて無駄を省き、高い文明レベルで生活していた江戸時代あたりに学ぶといいと思います。
中国工場のように、100万個作って10万個のエラーが出たらそれは捨てればいい。という考え方をしていてはもう地球が持たない。
この前テレビでブータン王国の事をやっていて、「あー、昔の日本だ」と思いました。 裕福ではないし封建制度だけどみんなが口をそろえて「私は幸せです」と言います。
今の日本は豊かだけど、みんなに幸せですか?と聞いても胸を張って幸せとは言わないし、もし他国と戦うことになっても「戦う!」と答えるのは最低の15%だそうで。韓国は74%、中国は90%。 こんなに誇りや自信を失った日本人に将来はあるのか? 昔の歴史否定みたいな授業をやってる学校教育が一番の問題だなあ、と最近考えてます。
娘の通う小学校でも、(違うクラスですが)つい最近50過ぎの担任を持ったことのない先生が担任を持ったけど、授業がお話にならない”ヤバイ”授業だったそうで教育委員会から(遠回しに)辞めさせられた人がいる、と聞きました。
ホントに子供達の将来が不安な世の中の仕組みですね。
子供を連れていく前に下見をしておきたかった場所、に行ってきました。
「KAMEN RIDER THE DINER」というお店で、パセオとコラボしてできたレストランです。
平日ランチタイムは空いていると思うので、東京・池袋近郊で、僕のように「仮面ライダーオタク」の人は一度行ってみてくださいね。

照明が暗めで正面にはショッカーの首領が座る椅子。
左右には一号ライダーと2号ライダーの実寸模型があります。
変身ベルトが展示してあって、テレビには懐かしのアマゾンライダーが流れていました。
メニューにはライダーの名前+メニュー名があって、例えば
ストロンガーのロコモコを頼むと、会計の時にストロンガーのコースターが
もらえる仕組みです。
わたくしはアマゾンとストロンがーとオーズの3枚のコースターをゲットしました。(*^_^*)
お会計近く(入口入ってすぐ)のところには本物なのだと思いますが、サイクロン号と全てのライダーのフィギュアが並んでます。
お店の女性店員にお願いして記念写真をパチリ。
今は第一弾で、3ヶ月後には平成ライダーにメニューがかわるそうです。
土・日は予約が必要みたいなので、週末子供と行く方は予約をどうぞ。
ライダーダイナーは4Fですが、他の階ではカラオケができますから、家族でカラオケで盛り上がって来てもいいですね (^?^)
★お店情報★
仮面ライダー・ザ・ダイナー
東京都豊島区西池袋1?21?9 パセラリゾーツ池袋本店4F
OPEN 11:30 CLOSE 23:30
5月13日ー17日まで台湾に行ってました。
facebookにはちょいちょいと美味しい食べ物を
アップしていましたが、目的は食べ物ではなく
お礼周り及び打ち合わせ。特に今回の打ち合わせは大切で
今後10年間の飛躍をするための大切な「三者ビジネス連携」
の確認を行ったのでした。 工場で艶消しカラーテストも実施。
艶消し出すのってその度合いが素材によって変わるから
結構難しいらしい。
僕にとってはもう第二の故郷となった台湾。
「昭和40年代までは日本もこうだったろうに・・・」と
回想してしまうほど、忠と情が深く、仲間意識がすごく強い
事を感じさせられ、勉強させられます。また物価が日本の
3分の一とは言え、圧倒的に安い食堂の美味しい食事。
10元から30元で美味しいお餅や麺を食べられます。
10元と言えば30円、30元と言えば90円。日本のランチが
800円だとして、3分の一でも266円。さらに3倍から
4倍安いのです。なんだか幸福度が日本より高いような・・・。


いつも滞在は台中ですが今回は台南に行く用事があって、
王社長に車で連れて行ってもらいました。
想像していたよりも都会でした。
その帰り道、どうしても立ち寄りたいところがあって
無理を言って車で「八田與一記念館」に連れて行ってもらいました。休園日だったけれど、警備員の人が僕 が日本人だ、ってことで中に入れてくれました。日本だったら入れてくれただろうか・・?
いつかは行ってみたいと思っていた”はったよいち”さんの記念館。 日本出発前に新しく記念館がオープンしたというニュースを聞きました。2011年5月8日に完成したばかり。
(5月8日は與一の命日)完成式典には、馬英九総統も出席し、2億円位を使って再現されたとのこと。全て日本のヒノキで再現! 台湾の教科書にも出てくる有名な日本人ですが、こういう人を知るたびに、もっと現代の日本人はがんばらなくてはいけない、と思いました。 なんと映画もあるみたい!
王社長との写真の上に書いてある文字=愛無國界。
これはすごくいい言葉。
愛に国境はない、という意味です。
明治19年生まれで昭和17年に戦時中殉職した人ですが、
明治の人達って本当にインターナショナル感覚があって素敵な
日本人像でしたね。
そして、昔の恩を忘れずにこうして立派な記念館をリニューアルする台湾の人達って本当に尊敬します。 謝謝!!
最近雑誌や日経マーケティングばかりで、本を読みこんでなかったので、久しぶりに4冊買いました。 どれも社長がらみの本。

もっと社長業とか経営を勉強しなくちゃなあ・・・ ということでこの4冊になったんですが、興味深いのはユニクロの柳井会長(社長)が、自分のバイブルだと言い切る本=プロフェッショナルマネージャー=の内容を簡潔にまとめた1冊。
早速これから読んでみます!
最近いい天気が続くので、ソーラーグッズのテストをまた始めています。
原発事故の事もあり、これからどうなるんだろう? 大丈夫なのかなあ? という不安が大きくなっている日本社会ですが、僕らは仕事を一生懸命する以外に方法がありませんのでがんばっています!
今朝出勤途中に駅に向かって歩いていると駅周辺に数人の選挙活動人がいました。旗を置いて、拡声器を使って、ビラを配って・・・。都議会選挙があるらしい。
でも朝急いでいるのにちょっと迷惑。たくさんの人が通過する駅を使って活動しているんだろうけど、そこに複数の党の立候補者がそれぞれのビラをくばったり、声を張り上げたりしているのはちょっと異様でした。
このように、”恐らく日本だけじゃないの?こんな変な事!”っていうのはいくつか目につきますよね?
+電車の中で化粧を始める女性(←都会だけ?)数年前までいなかったのに。
+電車の中で周りを気にせずエロマンガ、ロリマンガを読む男子またはおやじ。
+マンションなど隣に引っ越してきても挨拶をしない人。
+全員紺色や黒・グレースーツでリクルートをする学生たち。 ←4月18日追記
他にもありますがこの辺で(*_*)
節電のおかげでまぶしすぎるコンビニに行かなくてもよくなりました。(東京しかわかりませんが)地下鉄も駅のホームも、お店も、今の程度でちょうどいいです。 ヨーロッパでは標準の明るさだし。(もうちょっと暗いかな)
日本だけの限定的な光景って、きれいな田舎の自然くらいにしておいて、上記のように外人から見たら(いや、日本人同士でさえ)ちょっと変!!という光景が減ればいいのになあ、と常々思います。
それから最後に期待することは、Googleみたいに太陽光発電所に140億円出資するよう会社が日本でも増えてきてくれること。 大手企業は投資するならこういうことに投資をして欲しいと感じます。
p.s ソーラー充電器を販売してる立場としては、はやくソーラーパネルの性能がアップして欲しい!!
地震の後、なぜか僕の自宅は停電にならないのだけど、やってもらいたい!と思っています。
今までの東京の生活で、昼間から駅のホームで蛍光灯が煌々と点いているのをみていて、「なんだかおかしい」と思っていたからです。 そもそも日本って唯一自動販売機があちこち(しかもホットとコールド付き)においてある国だし、どーでもいいところでもタイマーのせいで電気をつけっぱなしになってるビルが多いこと多いこと。
いま、スーパーに行ってもヨドバシカメラに行っても少し暗いけど、それは今までが明るかったから慣れていないだけ。 ペレストロイカ時代にモスクワに出張したことがあるけれど、その時の明るさに似てます。 特に不自由は感じない。
放射能浴びて短命になるんだったら、喜んでこの暗さも節電も受け入れます!よね?
これを機に、深夜のTVショッピングで衝動買いをしたり、特に必要もないのに消費しちゃっていた生活を改める、また見直すいい機会かもしれません。 江戸時代はろうそくや月夜の光でエンジョイしていた民族なんだし・・・。
しかし長野県・松本市長がチェルノブイリで長年現地で貢献していた原発のベテランだったなんて知らなかった・・・ すげのや昭氏。 覚えておきます!
原発のこと、余震のことなど、ちょっと気が滅入りそうなこんな時には、

小金井公園に行ってそりをやったり、

かわいいワンちゃんの寝顔を見たりして、癒すしかないですね。
旧正月がスタートしました。 厳密には明日の3日からですかね?
