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白鷺校舎改築問題

昭和12年に建てられた、当時最高水準の施設だった通称「白鷺校舎」の改築問題がいまメディアで取上げられている。滋賀県犬上郡豊郷町・豊郷小学校。

豊郷小学校は、昭和12年、伊藤忠兵衛商店(現在の商社「丸紅」)の専務だった古川鉄次郎氏の寄贈により、アメリカ人建築家ヴォーリズが設計し、竹中工務店が施工。創建当時は、ヴォーリズの教育に対する信条・理想と古川鉄次郎氏の郷土への思いが結実した東洋一の小学校といわれていた小学校施設。同時に、近代建築家の中でも屈指と称讃されるヴォーリズと郷土の先人が残した、貴重な文化財とされています。ホームページで調べました。これを老朽化・耐震性の限界、ということを理由に全面改築を進めるという大町市長の考えがまったく理解できない。建築方面の専門家の意見も聞かず、大津地裁から「講堂の解体工事差し止め仮処分命令」を受けたにもかかわらず意見は変えず決行すると言っているようである。「人害」以外の何者でもない、と思う。自分はこの問題に対して怒り心頭なので署名もしたし、豊郷町のホームページから直接市長他市議会宛にクレームのメールを出した。テレビで見たときに設計事務所・解体会社との癒着のにおいがぷんぷんした。事実はわからないが、建築専門家が一部の補強で大丈夫といっているのに耳を貸さず裁判所の判決を無視して進めようという事はなにか裏にあるんじゃないかと疑わざるを得ない。

10月にシカゴに行ったとき、旧帝国ホテルを設計したことでも有名なフランク・ロイド・ライトの旧家・仕事場を見に行った。すばらしい家だった。子供のこと、奥さんのこと、そして仕事のことを部屋ごとに考えられたとても機能的ですばらしい家だった。再現は不可能ではないかと思う。同じことが小学校でも言えるはずで、子供達の事を考えつくして作られた昭和12年築、今のお金で10数億円で建てられた小学校が一度壊されたら再現は不可能である。階段の手すりに亀やうさぎがいる小学校がいくつあるだろう?

私が卒業した中学校も中3年の時に老朽化という理由で取り壊された。みんなでグラウンドに出てブルドーザーで壊されてゆくさまをみたが女の子たちの一部は泣いていた。廊下はぞうきん掛けでぴかぴかに光り、手すりは真っ黒に黒光りしていたのを今でも思い出すし、そんな歴史が刻まれた学校で勉強できて本当によかったと思う。

日頃からなんでもかんでも「新しいものの方がいい」という事なのかどうかなんでも取り壊して新築ビルを建ててしまう日本の文化に疑問を感じている。これはまったく文化的視点をもたない行政のいい例だと思う。言い方を変えれば古いものに新しい事を加えながら変えていく、というイマジネーションが足りないんだろう。全部壊してしまうのは簡単だけどそれは人のいろんな思いも壊してしまう。最近行ったウィーンの街はそういう意味では新旧入り混じっていてとてもすばらしかった。日本からは大切なものがどんどん消えていってしまうんだろうか? 年末の、久々に腹のたつニュースでした。


署名ページ
http://homepage2.nifty.com/toyoshohozonkai/sando.html

紹介ページ(古川鉄次郎氏のお孫さんのH.P)
http://homepage2.nifty.com/toyoshohozonkai/

http://www.sunrise-pub.co.jp/duet/78/78.htm#TOP

謹んでお詫び申し上げます

日本人は謝るのが好きだ。謝りすぎるからもう趣味で謝っているように思えてくる時がある。

雪が降った今日の電車の構内放送でも、BSD問題で不当利益をむさぼった会社のトップも、医療ミスで人を死なせた病院のトップも、みんな頭を下げて「お詫び申し上げます」の繰り返しである。 なんだか「とりあえずあやまっとけ文化」のような気がする。謝っておきながら影ではあっかんべ?、をしているように思えるのは僕だけ?少なくとも謝るのが2回目ならもう辞めて欲しい。

スポーツなんていい例だがプロスポーツの世界(僕らの仕事でも同じです)で2度目の失敗はイコール、「レギュラー落ち」に等しい。一流の選手の場合1度目のミスをいろんな角度から検証&練習し、いつか同じ場面になったときには2度とミスをしないように力をつけている。この辺りがプロとアマの違いではなかろうか?こう考えると何度も何度もテレビで謝り続けている会社トップは”アマチュア王国日本”の象徴と言わざるを得ない。お客様に謝らなくてもいいようないい仕事を対等にやっていきたい。
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