サービス過剰の行く先は
2002-10-25 14:46
2週間コラムに何を書こうかな、と考えていたのだが書くことが多くて結局頭の中が真っ白になってしまって、2週間が経ってしまった。日曜日の夜テレビで、「骨なし魚・200億円規模」について放映していた。中国・タイ・ベトナムなどの人件費の安い国で人海戦術(手作業)でピンセットをつかって1本1本骨を抜いているらしい。
首都圏の70%以上の主婦にニーズがあるらしく、この骨抜き魚は学校給食などでは大人気だそうだ。僕はこの骨抜き魚には反対である。小さな子供を持つ親にしてみれば、確かに危険だとか調理が楽だとか、そういうニーズがあることは十分理解できるが一歩引いて考えてみた時にその子供の将来を考えるとかわいそうだ。その時の親の勝手な理屈で骨抜き魚しかしらない子供が大人になってからどうなるか。もし海外留学先で魚が出たら骨付き魚(つまり普通の魚料理)にびっくりし、”どうして魚に骨があるの?”なんてことになったらこれは親として恥ずかしいし、本人も大恥をかくことになる。
インタビューで工場の人が「骨抜き魚を作ることに若干の違和感は覚えるが、企業はニーズに答えていくことが仕事だと思っているから」と答えていた。おやっ?と思った。これはまちがっていると思う。”麻薬が欲しい”というニーズがあったら北朝鮮みたいに麻薬を作るんだろうか? そこにはニーズ=企業利益はあるかもしれないが、企業倫理観がまったく欠けているんじゃないかと感じた。
そもそも日本、特に首都圏はJRのうるさいアナウンスにしても、工事現場や郵便局で用もなく?突っ立っている人たちにしてもサービスが過剰すぎるのだ。世の中サービス業が栄えてエスカレーターや車のおかげでどこにいくにも歩くことが少なくなり、食べ物もレンジで1分、みたいなものが増えてきて本当にこれでいいんだろうかと思う。こんなことだとホモサピエンスはますますぐうたら動物になり、体や知能が退化していくんじゃないかとたまに心配したりする。
話は変わって今月2週間ほどかけて「今年一番よかった本」を読んだ。半年以上 前に母親が”これいいから読んで見なさい”とプレゼントしてくれた「がんばらない」という本。移動の電車の中で読んだりしたのだが、読んでいると涙が溜まってきてあまり公共の場では読めなかったし、ちょっと目がうるうるして電車の中では恥ずかしかった。人が死ぬ時について、その時の医療のあり方や環境(家族など)についてとても興味深い事がいくつも書いてあった。ぼくも癌になったら茅野市の諏訪中央病院にお世話になりたいと思う。まだ読んでいない方は是非早めに読んでみてください。
最後に、自宅の玄関にもこの言葉のポストカードが置いてあるんですが、僕の 好きな言葉でこんな言葉があります。
”いそがない がんばらない なまけない”
根がなまけものなので、なまけないのが結構難しいんです。